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 2019.5/18更新

 

 

 

平成29年2月 高坂丘陵月例ウォーク 

つきの輪駅から鬼鎭神社コース

掲載 2017.2/5

 平成29年2月の高坂丘陵地区の月例ウォークは嵐山にある「鬼鎭神社(きじんじんじゃ)」のコース である。ちょうど2月3日は鬼鎭神社の「節分祭」に当たる。この日はまもなく春の訪れを告げるように、暖かい日差しの中に強い北風が吹く季節の変わり目で、まさに立春、節分祭も立春を祝い、邪気 を払い「魔目」を退散させるために炒り豆を撒く。この風習は節分祭として多くの神社で執り行われ ている。この鬼鎭神社でも午後3時から豆まきがある。鬼を祀る神社なので豆まきのかけ声も変 わっている。「鬼は内、福も内、あくまは外」と古くから唱えられている。残念ながら午前中で帰路に つくことになるので豆撒きには参加出来ない。
 ウォーキングは高坂駅に8時過ぎ集合、電車で「つきの輪」駅まで行き、ここからウォーク 開始。参加者は50名。途中上唐子にある白山神社(しらやまじんじゃ)に立ち寄る。この神社は1670年 頃創建されその後何度か焼失、昭和52年現在の姿に再建されている。さて、コースは嵐山にある国立 女性教育会館に立ち寄り、11時頃鬼鎭神社に到着。前夜の予報とは打って変わって強い北風に悩まさ れる。日差しが強く、気温も上がり朝出発に着ていたベストは途中で脱いで歩き続ける。
 さて、鬼鎭神社は、1182年頃畠山重忠が当地の南方に菅谷館を築城した際鬼門よけ(城から北東 に当たる方向 魔物入ってくる)として祀られた。この社の鬼神の力で魔者を食い止めるというわけ である。主祭神は衝立久那土神 (久那土神 くなどのかみ 悪霊の侵入を防ぐ神)で1180年頃には この地に創建されていたのではなかろうか? この神社は比企郡中に知られる名社で「菅谷の鬼神 様」として親しまれた。いま参詞者は除災紹福の強力な鬼神様として信仰が厚い。成願御礼として 鉄棒を奉納する風習があり、戦時中は武運長久の祈願で訪れる人が多く、御礼の鉄棒が1000本以 上あったと言われる。いまは、神社のお守りとして20㎝や、10㎝くらいの鉄棒を授与している。  
 今日も節分祭の人出を当て込んで屋台がすでに並んでいた。生憎の強風で土埃りが舞い上がる 中、午後3時の豆まきを待っていた。拝殿の右に準備中の年男や赤鬼、青鬼が上がる特設ステージか ら撒かれるのは福豆・ミカン・団子。夜のニュースではテレビの画面に身動きできない参詞者がぎっしりと豆やミカンを奪う姿があった。  午前中に高坂に着くよう急いで神社を後にして嵐山駅に急いだ。今回のウォーク歩数17000歩。
 本日の目的地 嵐山町「鬼鎭神社」
東武東上線「つきのわ駅」
上唐子の白山神社鳥居
  白山神社 白山神社の由来
ホタルの里の竹林
一行鬼鎭神社に到着、豆まきは午後 まだ人出は少ない
鬼鎭神社入り口の鳥居 鬼鎭大神社と書かれている
拝殿の神額「鬼鎮社」と五三の桐紋
向拝の上部に飾られた奉納額 嵐山町川島氏子総代一同と読める
祈願成就により奉納された鉄棒

境内の周りの出店、

  午後からの豆まきの人出を当てにして