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 2023.9/28更新
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高坂丘陵周辺の氏神さま (その2)

高坂の地は、地の利を生かして古くから交通の要所であり、また、人も集まり神への信仰も厚かった。狭い地域であるがそれぞれ特色のある神社も多い。

地図上のそれぞれのところをクリックするとリンクします。

5 高坂神社(たかさかじんじゃ) 東松山市高坂1061
   

高坂は800年頃から、鎌倉から府中を経て上州に至る鎌倉街道上つ道が通っていた。この社は、その沿道にあって高坂の鎮守として建てられ。800年頃には日本武尊(やまとたけるのみこと)を祀り当初は八剣明神社と称した。武の神として崇められて、江戸時代には、この地を治める加賀爪氏の守護神であり村の氏神様でもあった。

高坂神社への改称は明治42年。

祭事は、

元旦祭、春祭り(3月3日) 例祭(4月15日春祈祷、神楽奉納) 夏祭り(8月1日天王様 御神輿渡し) 秋御日待祭(10月17日)  秋祭り(12月15日) 大祓(12月31日)

神社の運営は、町内の区長が当たる。

拝殿の正面
拝殿に続く本殿 記念碑
神社の裏手は高坂の市街化が進み、鎮守の森も伐採され住宅地に変貌している。近くの東光院の崖下には、かつて日本武尊(やまとたけるのみこと)が身を清めたと伝わる「日本武尊お祓いの清水」が今も清澄な水をたたえ湧出しているが、昨今の大型ショッピングモールの開発の波に押されかつての田園に囲まれた昔日の面影はない。
東光院裏に湧出する泉 鎮守の裏手
 
   
6 愛宕神社(あたごじんじゃ) 東松山市大黒部12
   

愛宕神社は、1828年以前に毛塚のお寺に創建され、明治41年には、岩鼻の八幡神社に合祀された。その後氏子連から鎮守として祀ろうとする動きにより、昭和39年にこの地に遷座された。52年には社殿の新築が終わり今の姿となっている。

防火、悪疫防除の神様。

狭い境内なので、参道は鳥居から直角に曲げられ拝殿に続いている。
拝殿奥の本殿
  境内に合祀されている八坂神社
 
   
7 八幡神社(はちまんじんじゃ) 東松山市宮鼻218
   

高坂台地の南端の宮鼻地区にあるこの神社は、江戸時代からこのあたりの鎮守として祀られてきた神仏混淆の社であった。

当時から残されている神宝である阿弥陀如来の懸仏が「八幡様の身正体」として崇拝されている。

拝殿正面 八幡神社本殿の精緻な彫り物
4月第一日曜日、春の祈念祭で神社に奉納される獅子舞、また、11月3日秋の例祭でも獅子舞が奉納される。これは3頭の獅子がこの境内で舞った後、地内の香林時の境内で舞い、再びここにかえって舞いおさめる。

この神社の獅子舞では、猿田彦命(さるたひこのみこと)が天孫降臨のさいの先導役を勤めたという故事にならって、獅子舞の先導を勤める「おくにさん」がいる。

赤い顔をした猿の姿を模した1m程の人形で、このならわしの中に強力な神の霊威を伝える山王信仰の姿をみる。

家系守護、農業の守護、武運悠久の神

神木の大ケヤキと拝殿

八幡神社境内から越辺川流域に広がった肥沃な田んぼが見渡せる。境内の左手に手水場、また、日枝神社と天満天神社の社が合祀されている。

根回り8mの大ケヤキ 市指定天然記念物
境内に合祀されている神社
 

大ケヤキ脇に合祀される稲荷神社

3月の初午には、この地区の総代がこの格子に、餅、赤飯などお供えをつるし祝う。

 
 
   
8 御霊神社(ごりょうじんじゃ) 東松山市正代841
   
当神社は、高坂台地の東端に位置し、前面は越辺川と都幾川により作られた肥沃な田んぼが広がっている。 鎌倉期の地頭 小代(しょうだい)氏の館跡がそばにある。1754年に社殿の造営が行われ、牛頭天王(ごずてんのう)を祀っている。武蔵の地を平定したのち父、源義朝を助けた源義平は若くして父の敵難波次郎に討たれ、怨念に満ちたその霊が小代行平により、かつての屋敷跡に御霊として祀られていると言われる。 正代の村の鎮守として崇められ疫病を鎮め村の安寧を守っている。
両部鳥居 柱の上部に台輪が乗っている

御霊神社拝殿と奥の本殿 御霊神社拝殿
八坂神社の夏祭りとして7月25日に近い日曜日に行われる。祭は、山車の花を先頭に、獅子、御輿、屋台が続き村内を巡り、悪疫を払う。屋台には、大太鼓、太鼓、笛、鉦によるお囃子とそれに合わせて、踊りや芝居が入る。このお囃子は、昭和6年古凍から伝わった。
本殿裏に坐されるお稲荷様と古い石祠
 
市杵島神社 水神様 稲荷神社とお狐様

境内に合祀されている三社

拝殿の左手に明治42年5月に置かれた。向かって左に弁天の市杵島神社、中央に東形の八坂神社、右手に田谷の稲荷神社を祀る。市杵島神社は、田んぼの水利を司る神、八坂神社は、悪疫退散として牛頭天王を祀る稲荷神社は、五穀豊穣を願う神として祀られるが、とても霊威の強い神として畏怖されている。境内の樹木は稲荷神の依代とされていて、切ることなど論外。

八坂神社と天王様  
境内の左手 三社を祀る 右手が拝殿と本殿
境内の右手にある市の銘木指定 大ケヤキ 幹周り3mお稲荷様の依代として畏怖される
  狛犬の台座の刻印 東京市昭和13年12月と読める
 
   
9 小剣神社(こつるぎじんじゃ) 東松山市早俣423
   

小剣神社のある早俣は、越辺川と都幾川の合流地点にある。昔は水害が多い場所だった。稲を育む耕作地は越辺川の流域で肥沃な土壌に恵まれている。

江戸時代になって都幾川と合流するこのあたりは堤防が築かれた。

江戸後期になると養蚕が盛んになる。

小剣神社は、水難をよけると共に養蚕の発展を願った。ご神体は日本武尊(やまとたけるのみこと)剣根命(つるぎねのみこと)神社のご神体「小剣大明神像」は源頼朝の家臣、源森次が奉納したと伝えられる。

当地の千代田竹雄家は、その子孫といわれ、旧4月10日先祖祭として森次ほか祖霊を祀っている。

慶長年間(1596年~1615年)社殿の建立、明治42年宮田にあった日枝神社を合祀

拝殿正面の虹梁に龍とその木鼻には狛犬が彫られている。  拝殿正面、手前の天神社と幟織姫太神の石祠、向こうに見えるのが稲荷社

この神社の祭事

元旦祭

2月19日 祈年祭

4月10日 例祭

4月24日 獅子祭

10月17日 秋祭り

12月10日 新嘗祭

獅子祭は最近は24日に近い日曜日となっている。

手水舎の水盤 内宮壁面の彫刻の一部
拝殿の向かって左、幟織姫太神
拝殿の向かって左、幟織姫太神
拝殿の向かって左、天神社 寛政5年建立

「安政戊午五年六月吉日 施主長島竹蔵・同まさ 世話人高橋金五郎」 と刻印されている 養蚕に関わる守り神として祀られる?

 

稲荷社の台座には、弁財天の眷属である十五童子が彫られている。弁財天は水に関わる豊穣の神で、また、蛇神・竜神の化身とも信じられている宇賀神(稲荷神)が融合したものと言われる。

この神社にはヘビが多い。夏になればそこらに出没する。

拝殿の向かって右、稲荷社
   
小剣神社脇にある水路の「いり樋」。大正時代に作られた煉瓦造りの構造物、越辺川への排水路で堤防下を抜けている。越辺川が増水時は逆流を防ぐ機能を持っている。

 
早俣の田んぼの風景。残された古いポンプの名残。所々に残っている。当時灌漑用水は、豊富な地下水を手こぎポンプで呼び水をして石油発動機でくみ上げた。現在は、要所にある揚水小屋でモーターポンプでくみ上げ水路に流している。

向こうの森の中に小剣神社

左は越辺川、都幾川の堤防